書評
「政治・行政の考え方」岩波新書 640円
1998年4月20日 第一刷発行
「日本の自治・分権」 岩波新書 650円
1996年1月22日 第一刷発行
著者 松下圭一 法政大学法学部教授
いよいよ「地方分権」の中で、国が地方自治体を「下部機関」として指揮監督する悪名高き「機関委任事務」が廃止される。著者は、地方分権が今日程にのぼっている理由は、日本が「都市型社会の成熟というかたちで近代化をほぼ終えた」(「日本の自治・分権」以下「自治・分権」と略)からであり、こうした分権改革は1980年代初めにおこなうべき改革だったとする。「日本は分権化に遅れた年月だけ、また国の省庁レベルでの国際化にもたちおくれ、かっては都市づくりから環境保全、最近では金融、貿易、産業など日本市民からの批判はもちろん、ひろく国際批判をうけるほど、国の省庁の『行政の劣化』がめだってきた」(「自治・分権」)と述べている。
『行政の劣化』はもちろん国の省庁だけではない。地方自治体も同様である。これまでは、県や市町村は農地転用・福祉に関わる措置・産業廃棄物への対応・都市計画・公共事業等々、各種事業や許認可において、「国がいうから」「国の指導だから」「国の通達では」「国に問い合わせて」(市町村は「県に問い合わせて」)と言い訳をしてきたが、今後はこうした言い訳は通じなくなる(著者はこうした自治体を「居眠り自治体」と呼んでいる)。
「機関委任事務」(国と自治体の主従関係)の廃止はこれまでの明治憲法型の行政運用の理論パラダイム(「国家主権論」)を根幹からひっくり返す画期的な平時における「革命」であるが、マスコミも、まして当の地方自治体もほとんどその意義を評価していないように見える。「機関委任事務」の廃止は地方分権推進委員会委員の大森彌東京大学教授が再三強調するように、憲法第41条(「国会は国権の最高機関である」)と第92条(地方自治の本旨」)から第65条(「行政権は内閣に属する」=国家主権論)を挟み込み、分権委員会における官僚との激烈な理論論争の結果、勝ち取ったものであり、はじめて内閣法制局は「地方公共団体に属する地方行政執行権」という表現で地方自治体を主従関係の「下部機関」ではなく「地方政府」として認めたのである(96.12.6衆院予算委)。
したがって、今後地方自治体は「地方行政」ではなく、自らを「政府」として自覚し、政策課題を争点化(類型化)し、政策化(標準化)し、制度化(法制化)していく必要があり、そのためには、自治体の憲法(基本条例)を制定し、自治体法(条例)を整備し、その財源を予算化していかねばならない。
「この<制度化>をめざした法務技術としての立法技術が、日本では、明治以来、国レベルの法務官僚に独占されており、また戦後もこの独占がつづくわけです。いわゆる日本の法曹は市民としての立法技術には習熟せず、裁判官、弁護士、法学者もまた『国法』の『解釈』に」(「政治・行政の考え方」以下「考え方」と略す)とどまってきたと鋭く指摘する。著者は地方自治体に対し「自治体法務の確立とくに独自の自治立法、国法運用をふくむ『政策法務』にとりくむために、市町村、県を問わず、法務職員の養成、さらには法務室の設置」(「考え方」)をはやくから指摘してきた。
また、日本の法学理論に対しても、「国法の解釈・執行という発想にとどまっていた」従来の立場から「立法をふくめた政策法務としての自治体法務という独自課題」への深化が求められているとし、さらには、市民立法という観点からも「市民活動のなかで、旧来の官治・集権型の法学訓練を打破する多様な自治・分権型の法務専門家としての立法技術者が育ち、ひろくこの法務専門家が市民として活動」していくこと、「さしあたり、市民活動家はもちろん、弁護士、定年退職した自治体・国の法務職員、また団体・企業の法務職員、あるいは大学法学教員などを含めて<市民立法センター>が全国各地に群生し、市民活動とむすびつきながら、試行をかさねていく」(「考え方」)ことを提起している。
最近(99年1月)F市において、福祉事務担当職員の汚職が明らかとなったが、特別擁護老人ホームの入所事務を調査する判定委員会が4年間も開かれていなかったばかりか、ここ1年は委員の委嘱も行なわれていなかったという。こうした事件が起きるのは、情報が市民に公開されていないからである。自治体職員も「行政の下部機関」としての「オカミ意識」に囚われ、主権者である市民に正確な情報を伝えず、「よらしむべからず、知らしむべからず」で決定しようとするから密室化するのである。4年間も開催されなくて疑問としない判定委員の委嘱にも問題があろう。病院の院長等忙しい人ばかりで、片手間では、いくら専門家を委嘱しても、実質的に委員会が機能しないのではあるまいか。
来年(2000年)4月より介護保険法が施行される。介護認定の審査会は30日以内に作業を終えなければならないことになっており、毎週開催しなければならない。それこそ片手間ではできない。実質的に機能する保健・医療・福祉の専門家を委嘱しなければならない。まさに、実践において「居眠り自治体」か「先駆自治体」かが問われることになる。
こうした意味で、本書は自治体職員にとっては辛口ではあるが、非常に参考となるものであり、また、主権者である市民にとってはわかりにくい地方分権の方向を的確にまとめたテキストともいうべきものである。著者が各地で講演した内容などをまとめたものだけに、各章で重複する内容や繰り返しも多いが、繰り返される言葉はそれだけ重要なポイントであるともいえる。